先日、盆栽についての勉強会を拝聴した時、「喋る盆栽」というのがあることを知りました。
これ、単に話し相手になるだけでなく、水が欲しい時は言葉でそのように求めて来て、日光が必要な時は自分で歩いて日光浴しに行くそうです。
この喋る盆栽、好きですか?どうですか?
好き嫌いはさておき、私は喋る盆栽に関して2つ、疑問を持ちました。
・そこまでして何かと、誰かとおしゃべりしたいのだろうか?
・いわゆる「経験と勘」のようなもので育てればいいのでは?
後者の「経験と勘」のようなものに関して講師の方は「観察力」という言い方をされていました。
水やり、日当たり、施肥、剪定など、AIの言葉による要求がなくとも、観察力があれば、観て、察して、最善の方法を取ることができるのだ、と。
観察力、ヨガ・ピラティスで大いに研ぎ澄ませる要素ですね。
ですがこの観察力、私が思うに相手からの言葉を待っているうちは身につきません。
- 無駄なおしゃべりを止めて
- 自身の頭と心を静めて
- 五感を研ぎ澄ます
自分の経験上、こうした意識と実践が重要です。
そのときはじめて、相手の言葉にはあらわれない本当の声を聞き、自身の心と身体の数値ではわからない本当のコンディションが理解できるのです。
ここで、私が最初にあげた2つの疑問を1つ目も解消しました。観察力が備われば、あえて長々と言葉を交わしておしゃべりする必要はなく、また、対象が盆栽のように本来言葉を持たない存在であったとしても、心を通わせることができるのです。
この先、AI技術の更なる進歩によって、AIへの依存をますます強める人と、自身の観察力を頼りに自力で人生を切り開いて行く人との二極化が起こってくると思います。
AIに自分を「管理」してもらいながらラクに生きて行くか、苦労しながらも自身の観察力を研ぎ澄まして自力で生きて行くか、
本当の自由とは何だろう?
そういった問いの答えも、その辺りにたどり着くと出てくるのかもしれません(ヨガ・ピラティスをされている皆さんには是非、「今その場で!」少し考える時間を持っていただきたいとも思います)。
ちなみに講師の方によると、、、
この「喋る盆栽」、じつは木が喋ってるんじゃなくて盆器(鉢)が喋ってるんですよね、、、
というご指摘がありました。木が喋ったり、日光や水を求めてるんじゃなくて、センサーを仕込まれた盆器が本体なんだ、と。う〜ん、鋭いご指摘。
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