スピリチュアル」タグアーカイブ

メディテーションとパフォーマンス維持

スポーツやアートのパフォーマンス中、いかに自分のパフォーマンスを最初から最後までキープし続けるか?

これって、じつはよくよく向き合わなければならない、とても重要なポイントではないでしょうか。

ボク自身、最近、持たせていただく一日のレッスンの数が徐々に増えてきたことから、一日通して自分の指導パフォーマンスをキープすることの大切さを痛感するこの頃です。

ボクの中でネックだと思っているのは、体力面や技術面のことではありません。現時点では健康な30歳ですので(笑)、それらを問題だと感じることはないし、仮にそこが問題だと思えば、それらはフィジカルトレーニングや技術のお稽古でいくらでもカバーできると思っているからです。

それよりも、長期戦や多くの数をこなす必要のある仕事、運動を行う際にネックとなるのは、精神面での一定性だと感じるのです。

ここが脆いと、たとえ体力に余力が残っていても一気にパフォーマンスは低下してしまう気がします。

ボクはカナダにいた頃、毎週地元のMTBのレースに参加していたのですが、自転車に乗って山の登り坂をひたすら上がっている時、

「もうそろそろ下りに入るかな?あとどれくらい続くんだろう...?」

と、まだまだスタートしたばかりで体力的にも全然余力が残っているはずなのに考えてしまうことが、しばしばありました。

そんな事を考えた時は、途端に、何とも思わないような小さな疲労が重く心臓に(もしくは脚に)のしかかって来てダメになったものですが、こんな経験、ハイキングやマラソンをやる人は経験ありませんか?

心、集中力を一定に維持する、そんなトレーニングは存在しないものか?

そんな時こそ頼りになるのが、東洋の叡智、ヨガの叡智、すなわち坐禅メディテーションではないかと思います。

黙って坐るだけ、と思われがちですが、以下の事を意識しながら実践すれば、パフォーマンス中に心や集中力を途切れさせることなく一定に保つことも、不可能ではありません。

①Be present(「今」という瞬間に集中する)

黙って坐っていると、色んな考えが浮かんできます。「あの時こうしていれば...」という過去への執着だったり、「あれも、これもしなければ...」という未来への焦りだったり...

Be presentというのは、何もそうした考えを「悪いものだ!」と否定したり、打ち消そうとすることではありません。

そうした過去や未来への様々な思いが沸き起こっても、それらと距離を置くようにしながら坐りましょう、ということだとボクは解釈しています。過去にも未来にもとらわれない自分の居場所は、「今」しかなくなっちゃいますよね?

この心の持ち方を坐禅やメディテーションを通して身につければ、パフォーマンス中にミスをしてもそれに引きずられることがなくなるだろうし、先の展開に気を取られてしまうことも少なくなると思うのですが、どうでしょう?

②呼吸・姿勢を一定に

心の乱れが体と技の乱れを生み出すように、体が乱れると心も乱れてしまうものです。呼吸と姿勢を一定に保つことで、心も揺らさず一定に保つことが出来るようになります。

坐禅では「数息観」という、呼吸の数を数える修養法がありますし、ヨガでもプラナヤーマと呼ばれる調気法、呼吸法は、坐った状態で一定のペースで呼吸を行います。

筋トレや技術トレーニングとは違った方法で、体や技術から心を一定に保つために働きかけるアプローチと言えると思います。

坐禅やメディテーションの意義がもっと見直され、あらゆる分野で活躍する人にとって有用なメンタルトレーニング方法として認識されることを願って止みません。

ボク自身も、以上の2項目に沿ったメディテーションをしっかり行って、常にお客様にベストなレッスンをしていただけるように指導パフォーマンスを維持していこうと思います。

ブログランキング参加しています。清き1クリックいただけると嬉しいです。

引き算的トレーニング方法

久しぶりのブログ更新となってしまいました...

本日ご紹介するのは、わたくし太田が得意とするトレーニング方法。

名付けて「引き算的トレーニング方法」と、自分では呼んでいるものです。

簡単に言うと、ヨガピラティス、フィジカルトレーニング、そして食事管理をはじめとするライフスタイルの管理。それらを通して、心と体の無駄を少しずつ省いていく、そんな方向性で行っていくトレーニング方法です。

具体例としては、、、

  • 適切な有酸素トレーニングと食事管理で無駄な脂肪、過剰な栄養摂取を落として行く
  • ピラティスメニューを通して、必要な箇所だけ残し、余分な力を抜いて体に負担の少ない姿勢・動作づくりを目指す
  • ヨガを通しての身体的に不要な力みの緩和、ストレスの原因となる固定観念・強迫観念からの脱却を目指す

といったことが挙げられます。

一般的なスポーツやエクササイズ等、体を動かすことを通して上記に掲げたような悩み、問題点を克服するアプローチもありますが、それらとの違いは、

一般的なスポーツやエクササイズが、頑強な肉体(特に筋肉ですね)と精神を獲得し、それによって身体的な痛みや精神的な悩みに「打ち勝つ」ものだとすれば、

ボクの引き算的トレーニング方法は、痛みや悩みを生み出す無駄な力み/頑張り(身体的にも精神的にも)を取り除いていく

そんな所にあると言っていいでしょう。

じつはこのアイデアは、お稽古している居合道から拝借していたりします。

禅的な思想の強い流派で、徹底して華美を排するという考えがあるのですが、それに沿ったトレーニングとは...?、と考えた時に、自然とその方向性が「引き算」に向かいました。

ちょっと最近のスポーツ・フィットネス事情からは馴染まないかもしれませんが、ボクの実践している限りでは以下のような効果があるように感じています。

  • 自分の心と体が、ダメ(劣っている)なワケではないと思える(むしろ、ちょっと頑張り過ぎているだけ)
  • トレーニングに際してケガやバーンアウト(いわゆる「燃え尽き」)といった、フィジカル/メンタル両面でのリスクを大幅に軽減できる
  • トレーニングに止まらず、日常生活でも(個人的には特に金銭面で無駄に気づき、それを無くすのに必要な行動を実践することができる

今後もボクは、スポーツや運動と言ったら体育会系でガツガツと!という現在の日本のトレーニング環境とは少し距離を置いて、

どちらかと言うと同じ日本でも伝統文化・伝統芸能寄りの「引き算的」方向性で、これまで体育会的環境に馴染めずスポーツや運動から遠ざかっていた方達にも安心して取り組んでいただけるようなやり方でレッスンを提供していくつもりです。

ボクはそういうトレーナー、インストラクターですので、体育会的なスパルタなヤツではないだろうか、、、?、と妄想を膨らませていらっしゃる方は、どうか恐れず(笑)、安心してお問合せから頂ければ、と思っております。

今後とも、Seed Training (シードトレーニング)太田ゆきのぶを、よろしくお願い致します。

ブログランキング参加しています。清き1クリックいただけると嬉しいです。

Seed Training シードトレーニング ヨガ 陰ヨガ yoga yin yoga タイ古式マッサージ ピラティス 自宅出張 個人レッスン 尼崎 兵庫 大阪

Your Own Guide… Awakens.

Your Own Guide Awakens.

ボクがヨガティーチャートレーニングを受講した、“Divine Light”のナクルが使っているこのコピー。

日本語に訳すと、

自身の導き手が目を覚ます

とでも言えましょうか。

Your Own Guide Awakens. それぞれの単語の頭文字をくっつけると”YOGA”になるのですが、単純に上手いこと語呂が合っているというのにとどまらず、まさしくヨガの核心を突くコピーだなぁ、と改めて感心させられるこの頃です。

進学する、就職する、ビジネスをする、あるいは夢を追う、というように人生で何らかの決断を迫られる岐路において、ボクたちは一体、何に基づいてその決断を下すのか。

◯◯歳に、◯年生になったから、シューカツ、受験かぁ...

というのは、年齢に基づいた決断。

◯◯業界はこれからアツい!先手必勝!

というのは、損得勘定に基づいた決断。

背が低いから、膝が悪いから、プロスポーツ選手はムリかな...?

というのは、身体条件に基づいた決断。

こういった基準に基づく決断というのは、当たり外れがあると思いませんか?

当たれば何不自由のない生活ができるだろうけど、外れれば「あ〜、オレなんでこんな事やってるんだろ?」みたいに考えて、生きる事すら辛くなるかもしれませんよね。

この当たり外れのある決断から解放してくれるのが、”Your Own Guide”すなわち自身の導き手であり、その導き手を呼び覚ましてくれるテクニックが、ヨガなのです。

◆ヨガ=Your Own Guide Awakens

しかしヨガは、象やお猿の姿をした神様が「自身の導き手」というものを手渡しで「ハイ、どうぞ」と与えてくれるものではありません。

というよりも、自身の中にある誤解や固定観念といった不純物を取り除いてキレイにする事によって、自分の存在の底の底にある「自身の導き手」というのを見えるようにしてくれるテクニック、と表現する方が適切かと思われます。

アーサナ(ポーズ)は身体的な痛みや苦しみを軽減し、身体が悪いから◯◯は出来ない、といった身体的なバリアー(障壁)を低くしてくれます。

メディテーション(瞑想)は精神を落ち着かせ、射幸心や名誉欲といったものと距離を置き、それらからの当たり外れのある決断へのルートをシャットアウトします。

そうした様々な外的条件を判断基準にすることを止めた時に残るのが、”Your Own Guide”なのです。

◆Your Own Guideの効能

この”Your Own Guide”に基づく決断は、ボクの経験上、非常に強いものだと思っています。

たしかに上手く行く時とそうでない時がありますが、たとえ上手く行かなかった時でも後悔することがなくなりますから。

もうちょっと具体的に言うと、

  • 「責任」を誰かに、何かに求めることがなくなる
  • 外から見て「苦境」であっても、自身はそれほどでもないと感じる
  • 思い通りに行っても天狗にならない、冷静さを保てる

と表現することも可能だと思います。

Seed Training(シードトレーニング)では、ヨガに限らずピラティスやフィットネストレーニング、タイ古式マッサージ等も含めて、

お客様を単にアーサナやエクササイズのコレクターにしてしまうのではなく、

“Own Guide”を目覚めさせていただけるような伝え方を、今後とも鋭意研究し、実践していく所存でございます。

よろしくお願い致します。

写真は、Divine LightでNakulからいただいた”Your Own Guide Awakens” Tシャツです。

ブログランキング参加しています。清き1クリックいただけると嬉しいです。

ヨガ・ピラティス ブログランキングへ

Seed Training シードトレーニング ヨガ 陰ヨガ 呼吸 自宅出張 個人レッスン 尼崎 兵庫 大阪

「長」息吐息

つい先日、京都で座禅体験をさせていただく機会がありました。

お寺でキチンと座らせていただくのは、会社員時代に入れられた「座禅研修」以来で、随分久しぶりの経験でした。

そこで改めて感じた、お坊さんの息の長さ

お坊さんが座禅をするにあたって、「いま」「ここ」に集中するために行う手法で「数息観」(すそくかん)というのがあります。

これは、自分の呼吸を「ひとつ、ふたつ、、、」と順番に一から十(上限はお寺ごとに、あるいは修行の段階に応じて変化)まで繰り返し数えて雑念を交えることなく座るためのものとされています。

これだけ聞くと、「なんだ、大したことない。そんなのお風呂で子どもだって数えてるよ」と思われるかもしれません。

ですが、実際にお坊さんの数息観の説明を受け、実際のお手本を見せていただいたら、その思い込みが完全な間違いであることを思い知らされるでしょう。

先にボクは、「ひとつ、ふたつ、、、」と書きましたが、お坊さんの数息観による呼気はもっとずっと細くて長くて、そして柔らかいものです。表現するなら、

ひとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ...ふたーーーーーーーーーー...

くらいはあったでしょうか。

しかし、ただ細く長く息をしてその数を勘定するだけなら、単なる肺活量のトレーニングで終わってしまいます。水を張った洗面器にどれだけ長く顔をつけていられるか、を競うのと変わりありません。

数息観が単なる呼吸の勘定と違うと感じたところ、ちょっと言葉で説明するのが難しいのですが、それは上記「ーーーーーー...」の中に、

「一瞬」という瞬間と、そこに含まれる静寂とか平穏が最大限拡大されたような、そんなところがある。

ということでしょうか。

より解りやすく(?)表現するならば、プロスポーツ選手が時々使う「ボール(あるいは相手選手)がすごくゆっくりに見えた」というような表現に似た感じなのでしょうか。座禅なので、人や物がゆっくりに見えることはありませんが、それでも「時間」は何となくゆっくり流れているような感覚を覚えました。

この、非常に長い呼吸、肉体的にも精神的にも深いリラックス感をもたらしてくれます。

ボクは早速、自分の陰ヨガのお稽古にこの数息観を取り入れてみました。

精神的には、ポーズを取っている最中に感じる身体のムズムズ感、あるいは雑念というものに囚われることなく「腰が据わった感じ」で落ち着いてお稽古が出来るようになりましたし、

肉体的にも呼吸に合わせてゆっくりと少しずつ各ポーズの深さを調節し、より快適で安定した体勢を見つけることが出来やすくなった気がします。

座禅とヨガの、肉体面そして精神面での繋がりを体験できる良い機会をいただけたと思っています。

ブログランキング参加しています。清き1クリックいただけると嬉しいです。

ヨガ・ピラティス ブログランキングへ

日食、いのちの不思議...

これは、人から聞いただけのお話なので、確かなことはわかりません。

ただ、タイトルにあるように、今回の金環日食にあたり、これまでボクが人間と天体、あるいは自然現象との関係について聞いたお話から「いのちって、何だろう?」とか「生命の不思議」みたいなものを感じずにはいられなくなったので、ボクがそう感じるに至ったプロセスをちょっと走り書きさせていただきますね。

Nakulが説いた太陽と月、日食と月食が人間の心に与える影響
日本中が湧いた「金環日食」。

日食、ということでまず思い出したのはボクのヨガの先生の一人、Nakulの言ったことでした。

「日食や月食の日っていうのは、地球が自ら浄化を行う日。いわば『デトックス』する日。この日とその前後は稽古しないように。」

さらに、

「こういう日食や月食の日には、黒いどんよりした雲がよく現れるんだ。」

ということをボクたち生徒に話してくれました。

はたして、今回もボクの地元では昼頃からこんな風に、黒いどんよりした雲が現れました。

Nakulは、そういった事を通して、太陽や月が如何に人間の心に影響を与えるか、ということを聞かせてくれました。

偶然?2011年6月15日(皆既月食)の夜のバンクーバー

で、そんな話を聞いた数日後の皆既月食の夜、当時ボクが住んでいたバンクーバーでは一大事件が発生してしまいました。

NHL・バンクーバーカナックスのファンの一部が街中で暴徒化。

ボクはその真っただ中にいたワケですが、とにかくすごかった。通り沿いのガラスというガラスが全て割られるし、設置してあるゴミ箱の中から火の手があがっていれば、停めてある車だって逆さまになって炎をあげている。

そこだけ戦争状態、という感じでした。こんな感じで。

それは、『世界で最も住みやすい街』という呼び名からは想像もつかない光景でした。

大事な優勝決定戦の日程が偶然月食の日と被っていた、というだけなのか、それとも月食が敗戦の怒りの炎に油を注いだのかはわかりませんが、とりあえず月食では、ボクはそんな経験もしました。

医療関係の方々のこんな証言
こんな風に記憶をたどって、最後に思い出したのが、知人・友人・お客様の中で医療関係のお仕事に従事されている方達のこんなお話。

「新月/満月の時はなぜか子どもが生まれやすい」
「お盆の時は、やっぱりなぜか亡くなる方が多い」

正確な理由は定かではないそうですが、複数の方々からのお話を総合すると、どうやらそういう傾向というのは、あるみたいです。

こういったこと、
太陽や月が人間の心に影響を与えるっていう事を聞き、
実際に皆既月食の日にかつてない大暴動に巻き込まれ、
満月や新月で人間の誕生や死が多少影響を受けるのかもしれない、という話を聞くと、

命っていうのは、結局なにものなんだろう?

って思わずにはいられないんですけど、皆さんはどうでしょう?

ボクらは、「これが自分の命!」とは言わないまでも、多少なりとも自分という存在の「アイデンティティー」みたいなものを確立していますよね?そして、それを自分の魂だとか、そんな風に見ているところが、ありますよね?

でも、自分でアイデンティティーを確立して、それを魂だとか命だとか見立てても、皆既月食になったらその確立したはずのアイデンティティーがどこかに消し飛んで我を忘れて暴れ回って、あるいは新月や満月になったらスゥーっと命を抜き取られるように死んでしまって...

とか考えると、もしボクが聞いたことが真実であったとするならば、命とか魂っていうのはボクらが考えているほどしっかりしたものではなくて、ある現象に対して化学反応を起こすかのように、あっちへフラフラ、こっちへフラフラさせられてしまう不安定なもの、物質的なもの、なのかなぁ、、、なんて。

宇宙の神秘。いのちの不思議。考えれば考えるほど、謎です。
でも、せっかくの金環日食だったんだし、こういう事を考えてみるのも面白いなぁ、と思っています。

装備の不備で見られなかったけど、「自分」という存在について省みる機会をくれた金環日食に感謝。

ブログランキング参加しています。清き1クリックいただけると嬉しいです。

ヨガ・ピラティス ブログランキングへ