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Your Own Guide… Awakens.

Your Own Guide Awakens.

ボクがヨガティーチャートレーニングを受講した、“Divine Light”のナクルが使っているこのコピー。

日本語に訳すと、

自身の導き手が目を覚ます

とでも言えましょうか。

Your Own Guide Awakens. それぞれの単語の頭文字をくっつけると”YOGA”になるのですが、単純に上手いこと語呂が合っているというのにとどまらず、まさしくヨガの核心を突くコピーだなぁ、と改めて感心させられるこの頃です。

進学する、就職する、ビジネスをする、あるいは夢を追う、というように人生で何らかの決断を迫られる岐路において、ボクたちは一体、何に基づいてその決断を下すのか。

◯◯歳に、◯年生になったから、シューカツ、受験かぁ...

というのは、年齢に基づいた決断。

◯◯業界はこれからアツい!先手必勝!

というのは、損得勘定に基づいた決断。

背が低いから、膝が悪いから、プロスポーツ選手はムリかな...?

というのは、身体条件に基づいた決断。

こういった基準に基づく決断というのは、当たり外れがあると思いませんか?

当たれば何不自由のない生活ができるだろうけど、外れれば「あ〜、オレなんでこんな事やってるんだろ?」みたいに考えて、生きる事すら辛くなるかもしれませんよね。

この当たり外れのある決断から解放してくれるのが、”Your Own Guide”すなわち自身の導き手であり、その導き手を呼び覚ましてくれるテクニックが、ヨガなのです。

◆ヨガ=Your Own Guide Awakens

しかしヨガは、象やお猿の姿をした神様が「自身の導き手」というものを手渡しで「ハイ、どうぞ」と与えてくれるものではありません。

というよりも、自身の中にある誤解や固定観念といった不純物を取り除いてキレイにする事によって、自分の存在の底の底にある「自身の導き手」というのを見えるようにしてくれるテクニック、と表現する方が適切かと思われます。

アーサナ(ポーズ)は身体的な痛みや苦しみを軽減し、身体が悪いから◯◯は出来ない、といった身体的なバリアー(障壁)を低くしてくれます。

メディテーション(瞑想)は精神を落ち着かせ、射幸心や名誉欲といったものと距離を置き、それらからの当たり外れのある決断へのルートをシャットアウトします。

そうした様々な外的条件を判断基準にすることを止めた時に残るのが、”Your Own Guide”なのです。

◆Your Own Guideの効能

この”Your Own Guide”に基づく決断は、ボクの経験上、非常に強いものだと思っています。

たしかに上手く行く時とそうでない時がありますが、たとえ上手く行かなかった時でも後悔することがなくなりますから。

もうちょっと具体的に言うと、

  • 「責任」を誰かに、何かに求めることがなくなる
  • 外から見て「苦境」であっても、自身はそれほどでもないと感じる
  • 思い通りに行っても天狗にならない、冷静さを保てる

と表現することも可能だと思います。

Seed Training(シードトレーニング)では、ヨガに限らずピラティスやフィットネストレーニング、タイ古式マッサージ等も含めて、

お客様を単にアーサナやエクササイズのコレクターにしてしまうのではなく、

“Own Guide”を目覚めさせていただけるような伝え方を、今後とも鋭意研究し、実践していく所存でございます。

よろしくお願い致します。

写真は、Divine LightでNakulからいただいた”Your Own Guide Awakens” Tシャツです。

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「続ける」ための一番の秘訣

継続は力なり。

スポーツでも芸術でも、あるいは健康のためのちょっとした日常の生活習慣でも、結果や成果を出すにはそれを地道に続けることが重要、という意味で小さい頃から耳にタコが出来るくらい何度も何度も言われて来た言葉ですよね。

地道にコツコツ継続することが結果や成果を生み出す。
これは、間違いのない事実でしょう。
ほとんどの方が同じようにお考えのことと思います。

でも...

でも、これもまたほとんどの方がその後に付け加えられる言葉でしょう。

「でも...それがなかなか続かない...」

この言葉は特に身体を動かす場面で非常によく出るフレーズで、ボクのようにトレーナーを職業とする人間は、その当事者と同等、あるいはそれ以上に真剣に向き合わないといけない課題です。

なぜ、続かないのだろう...?

どうしたら続けてもらえるのだろう...?

そのへんの事に対する、自分の経験を辿って行き着いた自分なりのアイデアを、ちょっと書きなぐってみようかと思います。

<運動やお稽古が続かない理由>
運動やお稽古をはじめたものの三日坊主...これは、やっぱり、
・面倒くさい
・難しい
・辛い
・苦しい

というのが大きい、と思うのですが、いかがでしょう。

実際に経験したことのある人が言うならまだしも、これらのイメージって、実際にやらない人でも固定観念として持っているケースが多々あるんですよね。そして、そのイメージはムチャクチャ強い!ボクもトレーナー/インストラクターとしては非常に辛いし、残念なことでもあります。

そのような方々には、一度だまされたと思って体験してみてください、くらいにしか言えません。

<修行者としての自分の経験>
でも、実際に経験したことのある人なら、その経験を通して得るものが決して辛い、苦しいといったネガティブなものだけではないことも、ご存知のはずです。

(もしこの時点で辛い、苦しい以外なにもお感じでなかったら、その時は広い心で「一度くらいだまされるのも良いだろう、ワッハッハ!」くらいに思っていただけると幸いです☆)

ボクの経験をちょっとお話しましょう。

たとえばヨガですが、ボクは正直カラダが非常に硬かったので、前屈なんていうのは確かに非常に辛かったです。

でも、終わった後の身体の軽さ、スッキリ感っていうのは、それまでにないくらい気持ちの良いものでした。今はヨガインストラクターにまでなって、仕事にまでしちゃってます。

それから、居合や合気柔術といった武道。居合に関しては数少ない同じ形を何度も何度も繰り返しお稽古するだけ、合気柔術は先輩の強烈に痛い技を受けながら覚えて行く、という稽古方式でした。

でも、それを面倒くさいとか苦しいとか、思ったことは10年間1度もありませんでした。

居合の形は少しずつですが鋭く、冴え渡ってくるのを感じられたし、それに伴ってそれぞれの形がさらに深い意味をボクに示してくれるのが嬉しかったから。合気柔術も、稽古しなければ一生知ることが出来なかったであろう身体の使い方っていうのに触れ、自分にもそれが少しずつ出来るようになっていく様子が、とても楽しかったから。

だから、10年も続いているんだと思います。

<ネガティブを寄せ付けないポジティブを>
こんな感じで、身体を動かすということに関して、ボクは全くっていうワケじゃないけど、ほとんど辛いとか苦しいとか感じたことはありませんでした。

気づき、発見、ときどき笑い...そんな風に、

常にポジティブな感覚、感情が自分の中心を占めていたから

それ故に、ある程度の成果が出るまで地道に続けることができたのだと思います。

むしろ、受験とかシューカツの方が辛かったし、苦しかったかな。偏差値とか、あるいはいつまでに内定決めないと、とか。そういう切迫感っていうネガティブな要素が中心にあったから、かなりエラかった。

だからボクは、ポジティブな感覚、感情がその人の真ん中にドーン!と、ネガティブな感覚が入り込めないくらいデッカく居座るような、そういうレッスン、トレーニングをお客様に対して行っていきたいと思っています。

本サイトで、マジメ一徹ではなくて、少々小芝居を交えたエクササイズ動画をアップしたりしているのも、そういう理由からです(これまでにアップした動画は、こちらからご覧になれます)。

実用性&小芝居を融合させたエクササイズ動画の撮影風景。

数字で自分を厳しく管理することで確実に成果が出るように、っていう考え方が最近は一般の人のトレーニングやエクササイズにも浸透してきているみたいだけど。ボクも減量メニューなんかではそういうのを取り入れたりもしているけど、それは最優先事項ではありません。

そういう数字的な結果よりも、気持ちいい、楽しいといったフィーリングの結果を出すことが第一。

だって、自分がもしサラリーマンだったら、たとえダイエットしたくてもそういうトレーニング、イヤですから。会社で散々上司からノルマの事を言われて怒られて、オフでようやく自由になれると思ったら今度は鬼トレーナーにしごかれて、更に自分の体重とか食事のことを責められるとか。
ボクなら確実にギブアップしちゃう(笑)。

楽しくポジティブな気持ちで続けてさえいれば、数字的な成果は後から必ずついて来る、というのがボクの考えです。
仮にボクのやり方がぬるい、甘い、成果が出ない、という事でボクの元を去られるお客様がいても、それまでに身体を動かすということに関してポジティブな感覚さえ持っていただけたら、ボクより激しいトレーナーさんとのトレーニングも十分こなせるでしょうし、あるいは自分で自分を追い込むようなトレーニングも出来るかもしれない。そこで結果を出していただけるかもしれない。それならそれで、いいじゃないか、と。

というのが、ボクなりの「継続は力なり」を実現するための考えです。

なんか、ホントにまとまりのない書きなぐった感が否めませんが、そんな感じでいます。

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Seed Training シードトレーニング ヨガ 陰ヨガ 呼吸 自宅出張 個人レッスン 尼崎 兵庫 大阪

「長」息吐息

つい先日、京都で座禅体験をさせていただく機会がありました。

お寺でキチンと座らせていただくのは、会社員時代に入れられた「座禅研修」以来で、随分久しぶりの経験でした。

そこで改めて感じた、お坊さんの息の長さ

お坊さんが座禅をするにあたって、「いま」「ここ」に集中するために行う手法で「数息観」(すそくかん)というのがあります。

これは、自分の呼吸を「ひとつ、ふたつ、、、」と順番に一から十(上限はお寺ごとに、あるいは修行の段階に応じて変化)まで繰り返し数えて雑念を交えることなく座るためのものとされています。

これだけ聞くと、「なんだ、大したことない。そんなのお風呂で子どもだって数えてるよ」と思われるかもしれません。

ですが、実際にお坊さんの数息観の説明を受け、実際のお手本を見せていただいたら、その思い込みが完全な間違いであることを思い知らされるでしょう。

先にボクは、「ひとつ、ふたつ、、、」と書きましたが、お坊さんの数息観による呼気はもっとずっと細くて長くて、そして柔らかいものです。表現するなら、

ひとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ...ふたーーーーーーーーーー...

くらいはあったでしょうか。

しかし、ただ細く長く息をしてその数を勘定するだけなら、単なる肺活量のトレーニングで終わってしまいます。水を張った洗面器にどれだけ長く顔をつけていられるか、を競うのと変わりありません。

数息観が単なる呼吸の勘定と違うと感じたところ、ちょっと言葉で説明するのが難しいのですが、それは上記「ーーーーーー...」の中に、

「一瞬」という瞬間と、そこに含まれる静寂とか平穏が最大限拡大されたような、そんなところがある。

ということでしょうか。

より解りやすく(?)表現するならば、プロスポーツ選手が時々使う「ボール(あるいは相手選手)がすごくゆっくりに見えた」というような表現に似た感じなのでしょうか。座禅なので、人や物がゆっくりに見えることはありませんが、それでも「時間」は何となくゆっくり流れているような感覚を覚えました。

この、非常に長い呼吸、肉体的にも精神的にも深いリラックス感をもたらしてくれます。

ボクは早速、自分の陰ヨガのお稽古にこの数息観を取り入れてみました。

精神的には、ポーズを取っている最中に感じる身体のムズムズ感、あるいは雑念というものに囚われることなく「腰が据わった感じ」で落ち着いてお稽古が出来るようになりましたし、

肉体的にも呼吸に合わせてゆっくりと少しずつ各ポーズの深さを調節し、より快適で安定した体勢を見つけることが出来やすくなった気がします。

座禅とヨガの、肉体面そして精神面での繋がりを体験できる良い機会をいただけたと思っています。

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日食、いのちの不思議...

これは、人から聞いただけのお話なので、確かなことはわかりません。

ただ、タイトルにあるように、今回の金環日食にあたり、これまでボクが人間と天体、あるいは自然現象との関係について聞いたお話から「いのちって、何だろう?」とか「生命の不思議」みたいなものを感じずにはいられなくなったので、ボクがそう感じるに至ったプロセスをちょっと走り書きさせていただきますね。

Nakulが説いた太陽と月、日食と月食が人間の心に与える影響
日本中が湧いた「金環日食」。

日食、ということでまず思い出したのはボクのヨガの先生の一人、Nakulの言ったことでした。

「日食や月食の日っていうのは、地球が自ら浄化を行う日。いわば『デトックス』する日。この日とその前後は稽古しないように。」

さらに、

「こういう日食や月食の日には、黒いどんよりした雲がよく現れるんだ。」

ということをボクたち生徒に話してくれました。

はたして、今回もボクの地元では昼頃からこんな風に、黒いどんよりした雲が現れました。

Nakulは、そういった事を通して、太陽や月が如何に人間の心に影響を与えるか、ということを聞かせてくれました。

偶然?2011年6月15日(皆既月食)の夜のバンクーバー

で、そんな話を聞いた数日後の皆既月食の夜、当時ボクが住んでいたバンクーバーでは一大事件が発生してしまいました。

NHL・バンクーバーカナックスのファンの一部が街中で暴徒化。

ボクはその真っただ中にいたワケですが、とにかくすごかった。通り沿いのガラスというガラスが全て割られるし、設置してあるゴミ箱の中から火の手があがっていれば、停めてある車だって逆さまになって炎をあげている。

そこだけ戦争状態、という感じでした。こんな感じで。

それは、『世界で最も住みやすい街』という呼び名からは想像もつかない光景でした。

大事な優勝決定戦の日程が偶然月食の日と被っていた、というだけなのか、それとも月食が敗戦の怒りの炎に油を注いだのかはわかりませんが、とりあえず月食では、ボクはそんな経験もしました。

医療関係の方々のこんな証言
こんな風に記憶をたどって、最後に思い出したのが、知人・友人・お客様の中で医療関係のお仕事に従事されている方達のこんなお話。

「新月/満月の時はなぜか子どもが生まれやすい」
「お盆の時は、やっぱりなぜか亡くなる方が多い」

正確な理由は定かではないそうですが、複数の方々からのお話を総合すると、どうやらそういう傾向というのは、あるみたいです。

こういったこと、
太陽や月が人間の心に影響を与えるっていう事を聞き、
実際に皆既月食の日にかつてない大暴動に巻き込まれ、
満月や新月で人間の誕生や死が多少影響を受けるのかもしれない、という話を聞くと、

命っていうのは、結局なにものなんだろう?

って思わずにはいられないんですけど、皆さんはどうでしょう?

ボクらは、「これが自分の命!」とは言わないまでも、多少なりとも自分という存在の「アイデンティティー」みたいなものを確立していますよね?そして、それを自分の魂だとか、そんな風に見ているところが、ありますよね?

でも、自分でアイデンティティーを確立して、それを魂だとか命だとか見立てても、皆既月食になったらその確立したはずのアイデンティティーがどこかに消し飛んで我を忘れて暴れ回って、あるいは新月や満月になったらスゥーっと命を抜き取られるように死んでしまって...

とか考えると、もしボクが聞いたことが真実であったとするならば、命とか魂っていうのはボクらが考えているほどしっかりしたものではなくて、ある現象に対して化学反応を起こすかのように、あっちへフラフラ、こっちへフラフラさせられてしまう不安定なもの、物質的なもの、なのかなぁ、、、なんて。

宇宙の神秘。いのちの不思議。考えれば考えるほど、謎です。
でも、せっかくの金環日食だったんだし、こういう事を考えてみるのも面白いなぁ、と思っています。

装備の不備で見られなかったけど、「自分」という存在について省みる機会をくれた金環日食に感謝。

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沢庵和尚の教えから考えるトレーニングの在り方

バガボンドでの沢庵和尚の味のある言葉の数々に心うたれて、ついにリアル沢庵和尚がお書きになった『不動智神妙録』に目を通しました。

この書簡は、沢庵和尚が柳生但馬守に宛てたもので、仏法の立場から剣を説き、剣に生きる姿勢を説いた「剣禅一致」を説くものとされています。

確かに、兵法家として、そして為政者としての立場にあった柳生家が経験したであろう立ち合いという実戦の場、政治という実戦の場を想定した、極めて実戦的な心の置き方が記されています。

また、そうした実戦的な心の置き方を実践できるようになるまでのプロセスの一端も、わずかではありますが極めて核心をついたところが述べられています。

この『不動智神妙録』が、トレーナーにとって、そして武道でもヨガでも、あるいはどんなスポーツでも芸術でも、一心にその道を進む人にとってどんな意味があるのか、私が感じられた範囲でちょこっとシェアさせていただきます。

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