月別アーカイブ: 2012年5月

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「長」息吐息

つい先日、京都で座禅体験をさせていただく機会がありました。

お寺でキチンと座らせていただくのは、会社員時代に入れられた「座禅研修」以来で、随分久しぶりの経験でした。

そこで改めて感じた、お坊さんの息の長さ

お坊さんが座禅をするにあたって、「いま」「ここ」に集中するために行う手法で「数息観」(すそくかん)というのがあります。

これは、自分の呼吸を「ひとつ、ふたつ、、、」と順番に一から十(上限はお寺ごとに、あるいは修行の段階に応じて変化)まで繰り返し数えて雑念を交えることなく座るためのものとされています。

これだけ聞くと、「なんだ、大したことない。そんなのお風呂で子どもだって数えてるよ」と思われるかもしれません。

ですが、実際にお坊さんの数息観の説明を受け、実際のお手本を見せていただいたら、その思い込みが完全な間違いであることを思い知らされるでしょう。

先にボクは、「ひとつ、ふたつ、、、」と書きましたが、お坊さんの数息観による呼気はもっとずっと細くて長くて、そして柔らかいものです。表現するなら、

ひとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ...ふたーーーーーーーーーー...

くらいはあったでしょうか。

しかし、ただ細く長く息をしてその数を勘定するだけなら、単なる肺活量のトレーニングで終わってしまいます。水を張った洗面器にどれだけ長く顔をつけていられるか、を競うのと変わりありません。

数息観が単なる呼吸の勘定と違うと感じたところ、ちょっと言葉で説明するのが難しいのですが、それは上記「ーーーーーー...」の中に、

「一瞬」という瞬間と、そこに含まれる静寂とか平穏が最大限拡大されたような、そんなところがある。

ということでしょうか。

より解りやすく(?)表現するならば、プロスポーツ選手が時々使う「ボール(あるいは相手選手)がすごくゆっくりに見えた」というような表現に似た感じなのでしょうか。座禅なので、人や物がゆっくりに見えることはありませんが、それでも「時間」は何となくゆっくり流れているような感覚を覚えました。

この、非常に長い呼吸、肉体的にも精神的にも深いリラックス感をもたらしてくれます。

ボクは早速、自分の陰ヨガのお稽古にこの数息観を取り入れてみました。

精神的には、ポーズを取っている最中に感じる身体のムズムズ感、あるいは雑念というものに囚われることなく「腰が据わった感じ」で落ち着いてお稽古が出来るようになりましたし、

肉体的にも呼吸に合わせてゆっくりと少しずつ各ポーズの深さを調節し、より快適で安定した体勢を見つけることが出来やすくなった気がします。

座禅とヨガの、肉体面そして精神面での繋がりを体験できる良い機会をいただけたと思っています。

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日食、いのちの不思議...

これは、人から聞いただけのお話なので、確かなことはわかりません。

ただ、タイトルにあるように、今回の金環日食にあたり、これまでボクが人間と天体、あるいは自然現象との関係について聞いたお話から「いのちって、何だろう?」とか「生命の不思議」みたいなものを感じずにはいられなくなったので、ボクがそう感じるに至ったプロセスをちょっと走り書きさせていただきますね。

Nakulが説いた太陽と月、日食と月食が人間の心に与える影響
日本中が湧いた「金環日食」。

日食、ということでまず思い出したのはボクのヨガの先生の一人、Nakulの言ったことでした。

「日食や月食の日っていうのは、地球が自ら浄化を行う日。いわば『デトックス』する日。この日とその前後は稽古しないように。」

さらに、

「こういう日食や月食の日には、黒いどんよりした雲がよく現れるんだ。」

ということをボクたち生徒に話してくれました。

はたして、今回もボクの地元では昼頃からこんな風に、黒いどんよりした雲が現れました。

Nakulは、そういった事を通して、太陽や月が如何に人間の心に影響を与えるか、ということを聞かせてくれました。

偶然?2011年6月15日(皆既月食)の夜のバンクーバー

で、そんな話を聞いた数日後の皆既月食の夜、当時ボクが住んでいたバンクーバーでは一大事件が発生してしまいました。

NHL・バンクーバーカナックスのファンの一部が街中で暴徒化。

ボクはその真っただ中にいたワケですが、とにかくすごかった。通り沿いのガラスというガラスが全て割られるし、設置してあるゴミ箱の中から火の手があがっていれば、停めてある車だって逆さまになって炎をあげている。

そこだけ戦争状態、という感じでした。こんな感じで。

それは、『世界で最も住みやすい街』という呼び名からは想像もつかない光景でした。

大事な優勝決定戦の日程が偶然月食の日と被っていた、というだけなのか、それとも月食が敗戦の怒りの炎に油を注いだのかはわかりませんが、とりあえず月食では、ボクはそんな経験もしました。

医療関係の方々のこんな証言
こんな風に記憶をたどって、最後に思い出したのが、知人・友人・お客様の中で医療関係のお仕事に従事されている方達のこんなお話。

「新月/満月の時はなぜか子どもが生まれやすい」
「お盆の時は、やっぱりなぜか亡くなる方が多い」

正確な理由は定かではないそうですが、複数の方々からのお話を総合すると、どうやらそういう傾向というのは、あるみたいです。

こういったこと、
太陽や月が人間の心に影響を与えるっていう事を聞き、
実際に皆既月食の日にかつてない大暴動に巻き込まれ、
満月や新月で人間の誕生や死が多少影響を受けるのかもしれない、という話を聞くと、

命っていうのは、結局なにものなんだろう?

って思わずにはいられないんですけど、皆さんはどうでしょう?

ボクらは、「これが自分の命!」とは言わないまでも、多少なりとも自分という存在の「アイデンティティー」みたいなものを確立していますよね?そして、それを自分の魂だとか、そんな風に見ているところが、ありますよね?

でも、自分でアイデンティティーを確立して、それを魂だとか命だとか見立てても、皆既月食になったらその確立したはずのアイデンティティーがどこかに消し飛んで我を忘れて暴れ回って、あるいは新月や満月になったらスゥーっと命を抜き取られるように死んでしまって...

とか考えると、もしボクが聞いたことが真実であったとするならば、命とか魂っていうのはボクらが考えているほどしっかりしたものではなくて、ある現象に対して化学反応を起こすかのように、あっちへフラフラ、こっちへフラフラさせられてしまう不安定なもの、物質的なもの、なのかなぁ、、、なんて。

宇宙の神秘。いのちの不思議。考えれば考えるほど、謎です。
でも、せっかくの金環日食だったんだし、こういう事を考えてみるのも面白いなぁ、と思っています。

装備の不備で見られなかったけど、「自分」という存在について省みる機会をくれた金環日食に感謝。

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Seed Trainingの種まき〜その2〜

以前も同じような記事(Seed Trainingの”種まき“)を書きました。

なぜボクが自分の事業名を”Seed Training”(シードトレーニング)と名乗ったのか。

その時は、これまで一般的ではなかった、お客様のご自宅にお邪魔して行うヨガ・ピラティスの個人レッスンを当たり前のものにする、一部の人だけではなくみんなのものになるようにする、そのための”種まき”という点を述べさせていただきました。

今日少しお話させていただく自分の事業名を”Seed Training”と名付けた2つ目の理由、それは、

ボクがレッスンを通してお伝えさせていただく内容が、核心というか本質というか、そういう所を突くもので、どれだけ時間が経っても一人一人のお客様の心の底にしっかり残るものであるように、という思いです。

まるで土の中に眠る”種”が、どれだけ時間が経ってもいつか必ずそこから花を咲かせるように。

このようにボクが思えるようになったのには、2人の偉大な先生の存在があります。1人は居合の盛喜巳雄先生、もう1人がボクのヨガティーチャートレーニングを指導してくれたNakul Kapur先生です。

どちらの先生も、具体的なお稽古内容は、微に入り細にわたるきめ細かな指導というよりは、悪く言えばしつこく(スミマセン)、良く言えば根気よく粘り強く、同じ事を同じ言葉で、何度も繰り返し見せて指導してくれる、そんなスタイルが特徴でした。

そこには、昨今もてはやされる系統立ててメソッド化された指導スタイルや、感情・モチベーションを煽ったり刺激したりする要素は一切ありませんでした。

だから、これらのお稽古が心躍る、ウキウキ、ワクワクするようなおもしろいと思えるものであったかどうかというと、正直に言えば、No.でした。

それでも、この2人の先生の元でのお稽古が無駄だったかというと、それもまたNo.です。

何故かというと、この2人の先生から教えていただいた事というのは何年経っても心の中に残っていて、困難な状況に陥った時に、必要に応じて自然と出て来てくれるから、なんですね。

解りやすい例で言うと、居合でスランプに陥った時の事です。なかなか解決策が思いつかずに悩みながら自分で試行錯誤したり、先輩方のご意見を伺ったりしていると、そこからふと、「そういえばあの時、盛先生はこんな事を...」みたいに思い出すことがあるんです。で、思い出したことに従って身体を動かしてみると、案外あっさり問題が解決したりする。

運動をされる方でこういう経験って、ありませんか?

ボクはこういう経験が結構あるんですが、その度に「あぁ、盛先生は5年間で必要な事は全て教えてくださっていたんだ」ということを実感します。

盛先生は、ご自身の団体を『真傳居合道連盟』(真を伝える、という意味)と名付けられましたし、Nakul先生も”Authentic”(本物)なヨガ、ということをしきりに強調されていました。

レッスンを終えてその場でスッキリ!というのも勿論良いし大切なことだと思いますが、そのお客様のその後のお稽古を、もっと欲を言えば生涯を支えられるような”種”を埋めることが出来れば...

その思いで、ボクも地味だけど虚飾のない真の、本物のヨガピラティスフィットネストレーニングをお届けにあがります。

タイ古式マッサージも、自分の”今”のコンディションがわかる、”今”の体の使い方に気を回していただけるような、そんなきっかけになるマッサージをお届けしたいと思います。

今後ともSeed Training、よろしくお引き立ての程をお願いいたします。

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